認知症 当事者/ 三橋 昭さん 認知症 当事者/ 三橋 昭さん
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新しいことにチャレンジしよう、仲間とともに。

次はどんな幻視が現れるのか
楽しみにしています

  • 認知症 当事者 /
    三橋 昭さん
  • 私の色(理由:本当はもう少し濃い茄子紺。ダイビングをよくしていたので、濃くて透明度が高い黒潮のイメージ。)

1949年東京都世田谷区生まれ。高校卒業後、すぐに映画の助監督となる。その後会社員、自営業を経て、指定管理者制度のもと区立図書館の館長を務め現在に至る。2019年、レビー小体型認知症と診断され、幻視が見える日々が続く。今のところ、認知機能の低下はほぼなく、普通に日常生活を送っている。

2020年12月取材(東京都大田区)

レビー小体型認知症の特徴的な症状の一つ、
そこにはないものが見える「幻視」を
初めて目にした時のことを教えてください。

2018年の11月末のことでした。明け方、私が目覚めると、飼い猫の「たまちゃん」がトコトコとベッドサイドにやってくる気配を感じました。顔の横まで来たので、なでてあげようと手を伸ばすと、その手がたまちゃんの身体の中にすーっと入ってしまったんです。「え!」と衝撃でした。「見なかったことにしよう」と自分に言い聞かせ、その時はやり過ごしたのですが、3~4週間後の12月半ば、今度は空中に縄文時代の土偶が浮かんでいるんです。さすがに「これはもうまずい、調べてもらったほうがいい」と自分で判断しました。

夢とは思わなかったか、ですか? もう目覚めていましたし、現に目で見えていますから。
あとになってタマちゃんも土偶も脳が勝手につくりだしたものと理解できましたが、その時は実際に見えているのだから仕方がない、という感じでした。

私は指定管理者制度(公的機関の一部の運営を民間に委託し、民間のノウハウを生かすシステム)のもと、東京都大田区立蒲田図書館の館長をしています。仕事の関係で2017~2018年に数回にわたり、筑波大学東京キャンパスで開かれた「超高齢社会と図書館研究会」に参加しました。その時にたまたま、VR(仮想現実)映像を見てレビー小体型認知症の幻視を疑似体験する機会があったんです。疑似体験のおかげで、土偶を見た時に驚きはしたものの、「調べてもらおう」と少し冷静に対応できたと思います。
インターネットで医療機関を検索し、自宅の近所に「もの忘れ外来」のあるクリニックを見つけたので、2019年1月の予約をとりました。

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ご自分で連絡をして予約を入れたということですが、
どうしてもの忘れ外来を選んだのですか。

筑波大学の研究会での経験から「レビー(小体型認知症)の可能性もある」と思っていましたし、とりあえず相談に行くには「認知症外来」よりも「もの忘れ外来」のほうが抵抗は少ないですからね。ネーミングは重要です。それに前年、友だちとの新年会の予定をコロッと忘れて家に帰ってしまうなど、「もの忘れもあるのかな」という判断もありました。

クリニックには一人で行くつもりでしたが、うちの奥さんが「一緒に行く」というので二人で受診しました。奥さんには幻視のことをまったく話していなかったので、私が先生に話すのを横で聞いていて「そんなものを見ていたんだ」と知ったと思います。
診察では手がかすかに震えているのを指摘され、歩行もチェックされました。どうやら、幻視と同様にレビーの特徴的な症状である「パーキンソン症状」を疑われていたようです。うちの奥さんがいうには、歩幅が前よりも小さくなり、ちょこちょこ歩きになっていたそうです。車の運転も下手になったと言われました(レビー小体型認知症による視空間障害の影響)。確かに、車庫入れに苦労したりするようになっていましたが、まさかそれが認知症に結びつくとは思っていませんでした。昨日今日、認知症になったわけではなく、前から緩やかに症状は進行していたのですね。

詳しい検査をするために、いくつかの病院の名前を挙げられ、家から一番通いやすい昭和大学病院に紹介してもらいました。昭和大学病院では1週間の検査入院を勧められたのですが、2月ははずせない仕事がいくつか入っていたし、まだ事態をそれほど重く受け止めていなかったので、3月まで入院を先延ばししました。
3月半ば、検査の結果を踏まえ、現在の主治医の森友紀子先生からレビーの診断が下ります。自分でもそうではないかと思っていたし、森先生が「レビー小体型認知症ですね」とさらりと言ってくれたので、それほど動揺はありませんでした。

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レビー小体型認知症であることを
周囲の人にオープンにしていますね。

検査入院の数日前に図書館スタッフの全員ミーティングがあったので、自分の状況を説明しました。「検査入院で1週間連休を取ります。もしかしたら認知症といわれるかもしれませんが、その時はその時でよろしくお願いします」と。
3月に職場復帰した後も、少しもの忘れはありますが、館長として判断しなければいけない業務をほぼ以前どおりこなせました。スタッフも普通に対応してくれます。本当は区切りの良い翌年(2020年)3月でリタイアするつもりでしたが、会社の担当者から「もう1年やってよ」と言われ、今も仕事を続けています。

仕事とは別に、私は2013年から始まった蒲田映画祭に最初から実行委員として携わってきました。地元の歴史の勉強会(六郷用水の会)の代表も務め、街歩きガイドなどもしています。そうした地域活動の仲間にも自分の病名や症状を伝えました。
特に映画祭のメンバーは少人数なので、早めに伝えておかないと迷惑をかけると思ったのですが、説明を終えると「じゃあこれやってね」とすっかり無視された感じです(笑)。それくらいがいいですよね。もちろん「今でも(幻視が)見えるの」「体調はどうですか」と何かと気にかけてもらっています。

僕もそうでしたが、一般的にはまだ、認知症になったら何もわからなくなるというイメージがあると思います。自分がそのように見られたくないのは自然な感情ですし、認知症のことを隠す人も多いでしょう。僕の場合は、図書館のスタッフに自分のことをいわざるを得ない立場にありましたが、結果的にそれが良かったと思います。身近な知人には、認知症であることを知っておいてもらったほうが絶対に楽です。だから気おくれなく話せるように、認知症のイメージが変わってほしい。自分の体験を伝えることがそのお手伝いになればと思っています。

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