私の介護体験記 山梨県支部 R子(63歳)

父との同居

私の父は長年一人で生活をしていたのですが、私の夫が退職を機に、父の跡を継いで農業をしたいと同居することになりました。当時父は88歳。後継者ができ安堵した様子で、親孝行ができたと私は喜んでおりました。

夫は、新規就農者との交流や、会社勤めで得たノウハウを駆使し、自分流のやり方を模索しながら、いきいきと農業に取り組み、私は同居した後も仕事を続けておりました。

混乱の始まり

同居して2、3年が過ぎた頃から、父親のもの盗られ妄想、被害妄想が始まり、車の鍵がない、補聴器がない、薬に毒を混ぜていると、声を荒げ、顔の表情も引きつり、通帳がないと警察に電話をしたりで、私たちも対応にとても困る日々が続きました。

父が信頼している主治医に相談し、認知症薬が処方されたのですが、自分で薬の内容を調べたのか「俺を認知症にするのか」と怒り、不信感をもたれる始末。結局、薬は拒否し内服しませんでした。

父との別居

仕事先の先輩に『家族会』の存在を聞き、そこで認知症について学び、介護の悩みを共有し相談する機会を得ました。聞き流す、うまく交わす、怒らない等の対応を頭では理解し努力したつもりでした。

しかし、父が93 歳の時、保険証を返せと言われ、私もつらくて泣いて抗議し、夫もついに堪忍袋の緒が切れ、怒鳴ってしまい、これが決定的となり、父から「出て行ってくれ」と宣告されました。高齢の父をおいて出ることに迷い、「つどいの会」で相談したところ、「お父さんの言うようにして様子を見たら」との助言に力を得て、別居に踏み切りました。

その後、適度な距離が私の気持ちに少し余裕をもたせたので、父の気持ちを考えてみました。「夫に農業を取られてしまった寂しさからのもの盗られ妄想か」との思いに至り、「土地を守り続けてきてくれたお陰で、夫は、農業に誇りをもって頑張っているよ。ありがとう」と感謝の言葉と共に、できた作物を届け続けました。父は「見事な出来栄えだ」と夫の努力を認め、再度の同居を希望しましたが、家中に鍵をかけて、用心している父の行動から決心できませんでした。

入院、そして看取り

父が96歳で免許証を返納してから、毎日実家に通い、必ず翌日の予定を伝えました。携帯電話を持たせたので、困る事があると電話がかかってきました。内容は、本人のもの忘れ(盗まれたと言う)が多く「夕方行くから、一緒に探そう」と言うと納得してくれました。

昨年10月末、体調を崩し入院しましたが、「家に帰る」と言い続けるため、帰るなら今しかないと思い、デイサービスを利用しながら夫婦で協力し在宅で介護しました。

2週間後、体調が悪化し、10日ほどの入院で12月、眠るように亡くなりました。98歳でした。

一緒に住む難しさと、適度な距離が、娘として父を思いやることができたのではないかと、今、振り返っています。

「ぽ~れぽ~れ」通巻406号(2014年5月25日発行)