『スローショッピング』マイヤ滝沢店(岩手県滝沢市)~家族とサポーターにとっても貴重な場~

取材:2022年9月15日 マイヤ滝沢店(岩手県滝沢市)​

スローショッピングの発案者である紺野敏昭先生と、マイヤ側の実務統括者である辻野晃寛さん。プロジェクト推進の中心人物であるお二人に話をうかがいました。​

スローショッピングの概要

お話を伺った方

こんの神経内科・​脳神経外科クリニック院長
紺野 敏昭 先生​

株式会社マイヤ​ 販売部統括マネージャー
辻野 晃寛 さん​

スローショッピング実施決定の経緯

【紺野】認知症の人の買い物支援の構想を持ってから2年ほどすぎた2019年2月、私は意を決して株式会社マイヤの会長さんに電話をし、「スーパーを認知症の人の自信と尊厳を取り戻す場にしたいのですが、協力していただけませんか」と提案しました。会長さんは興味を示してくださり、翌月に会長さん、社長さん、販売部統括マネージャーの辻野さんとの会談が実現。当初は私一人で交渉に行くつもりでしたが、行政などのサポートも必要と思い、以前から連携のあった滝沢市の地域包括支援センターと社会福祉協議会の人に声をかけ同席してもらいました。それがよかったですね。会談の席で構想をお話しすると、会長さんから即座に「やってみましょう」と力強い言葉をいただきました。

【辻野】私も同席している場で会長の「やろう」という話が出たので、そのまま店舗運営の責任者である私がこの取り組みに関わることになりました。

【紺野】会談の後にわれわれで話をし、翌月の4月には「認知症になってもやさしいスーパープロジェクト」を立ち上げました。締め切りを決めたほうがいいという辻野さんの提案があり、オープンを7月に決め、全日程を組みました。

認知症になってもやさしいスーパープロジェクト

(現 認知症になっても住みよいまちづくりプロジェクト)≪作業メンバー≫

  • 岩手西北医師会認知症支援地域ネットワーク(やまぼうしネットワーク)
  • 滝沢市包括支援センター
  • 滝沢市社会福祉協議会
  • 認知症の人と家族の会
  • 株式会社マイヤ
  • 決定権のある人物に直接提案し、快諾を得ることで実施が即、決定。
  • 交渉・企画の段階から行政や社会福祉協議会が加わることで、多様なメンバー(本人・家族含む)によるプロジェクトがスムーズに発足。

店内で認知症サポーター養成講座を実施

【紺野】準備期間中に辻野さんから、「マイヤ滝沢店の従業員を対象に認知症の講演をしてほしい」というお話がありました。店内のイートインコーナーを借りて、従業員のみなさんが入れ替わり立ち代わりで計8回、講演を行いましたね。

【辻野】本来の認知症サポーター養成講座は90分なのですが、営業時間中に従業員が1時間半、持ち場を離れるのは難しい。そこで30分を1コマとし、4講座受けて修了としました。これを2クール開いたんです。1クール目の受講者はほぼ従業員でしたが、2クール目は従業員が片隅に移り、一般の方々がメインという感じになりました。

  • 従業員が無理なく受講できるような講座形式を設定。
  • オープン講座にしたところ市民が多数参加(⇒後々、買い物に付き添うパートナーに)

事業継続に向けた確認事項

【辻野】7月のオープンまでに8~9回会議を開きましたが、その中での確認事項の一つが「それぞれが軽い負担でなければ継続できない」ということでした。たとえば店舗サイドとしては、従業員がパートナーに加わると人員の面で負担が大きく、おそらく長続きしません。そこで店舗は優先レジとして「スローレジ」を用意させていただくことと、イートインスペースを「くつろぎサロン」として提供させていただくこと、この2つを担うことに決めました。同様に、地域包括支援センターや社会福祉協議会の方々にはパートナーさんの養成や見守りを、紺野先生には医療の面をというかたちで、お互いに小さな負担で継続を図ろうという結論に達しました。

  • 各メンバー(組織)の役割分担を明確にすることでお互いの負担を軽減。

活動を市民にオープンにする理由

【紺野】イートインスペースを使わせていただいている意味はとても大きいですね。買い物前後の本人のくつろぎの場、本人同士の交流の場であるとともに、買い物中は原則サロンに残る家族同士の交流の場でもあります。また、地域包括支援センターや社会福祉協議会のスタッフ、われわれ医療関係者、認知症の人と家族の会の方もサロンに待機していますので、家族がいろいろな相談をすることができます。本人と家族、両方の救いの場であるわけです。

【辻野】「くつろぎサロン」開設中も一般のお客様にイートインスペースとして利用していただいています。閉鎖的な環境でサロンを開くこともできたでしょうが、地域の方々の目に触れることで私たちの活動を知っていただく、少しずつでも認知症のことを理解していただくという点でオープンにしている意味があります。
私もこの事業に参加する前は認知症という言葉しか知りませんでした。店長を務めていたころ、認知症の方が同じ場所にずっと立ったまま身動きもしないといった経験もしましたが、当時は正直、「困ったな」という思いもありました。でも、認知症のことを多少なりとも知った今は「きっと何かでお困りなのだろう」という発想に変わっています。

  • 市民啓発の意味も兼ねて「くつろぎサロン」(本人・家族の交流の場)をオープン化。

買い物前にくつろぎサロンでひと息つくご本人。「これはおいしいとか、これは何に使うとか、(パートナーさんに)教えてもらえるから買い物が楽ですね」。

「紺野先生が、山登りの好きな参加者の方もいらっしゃるというので、母の昔の写真を持ってきました」「今も歩くのには不自由しないけどね」「ただ、こういう機会をいただく前は、やっぱり家に引きこもりがちだったんですよ」

認知症の人の増加とスーパーの運営​

【紺野】私が、スーパーさんに声をかけるのを2年間躊躇したのは、費用や人員の面で負担をかける、もっというと迷惑をかけるのではないかという不安があったからです。しかしマイヤさんや辻村さんには広い心で受け止めていただいて感謝しています。

【辻野】われわれとしては将来への投資でもあると捉えています。2025年には約700万人が認知症になるとされていますが、そうした方々の多くが買い物をしなくなるおそれがあります。人口減少のペース以上に買い物人口が減っていくという危機感がわれわれにはあるわけです。そうした中、認知症になっても安心して買い物ができる機会を提供させていただくことで、買い物人口の減少を少しでも軽減できるのではないかと考えています。

  • 社会貢献プラス将来への備えという認識。

マイヤ滝沢店ではスローショッピングの導入を機に売り場の案内を高齢者にもわかりやすいデザインに改善。目線が下に向きやすい高齢者に配慮し、商品ジャンルを床に表示するなどの工夫も加えています。​​

カートに店内の案内図を取り付け、買い物のメモも差し込めるようにしています。​​

【紺野】先ほど、本人と家族の救いの場と話しましたが、私がこの取り組みを発案したもう一つの目的は、認知症サポーターに活躍の場を提供することです。認知症サポーターは非常に増えていますが、特に何もしていない、何をしていいかわからないという人も数多くいるでしょう。そうした人たちの活躍の場の一つとして、スローショッピングか広がっていけばいいと考えています。

【辻野】確かに、人数は増えても、ボランティアとして参加する場が少ないというのが今の実態なのでしょうね。​
スローショッピングの課題として最も大きいのは交通手段の問題です。ただ、店舗までのアクセスを確保したとしても送り迎えの問題が残ります。現に、スローショッピングを導入したマイヤ高田店(陸前高田市)では、利用者さんがすでにタクシーを呼んでいるのに違うタクシー業者に迎車を依頼してしまった、あるいは買ってきた冷凍食品を放置してダメにしてしまった、といった問題も生じています。その対策を市の担当者と協議した結果、シルバー人材センターにお願いし、利用者さんの自宅での送り迎えを担っていただくことにしました。​

認知症の妻と参加した男性は認知症サポーターでもあります。「回を重ねるごとにサポーターのみなさんのお付き合いの仕方が洗練されてきたように感じます。こちらで品物を揃えてしまったりせず、できるだけご本人に商品を探し、選んでもらう。やっぱり買い物の楽しさを取り戻してもらうことが大切ですからね」。​​

【紺野】それはとても良い取り組みですね。もしかするとゆくゆくは、そのシルバー人材センターの人も一緒に買い物をする──パートナーとして活動していただくということもあるかもしれません。誰にとってもいずれは我が身ですからね。​

【辻野】引きこもっている方にパートナーをお願いし、社会の場に出るきっかけにしてもらうといった試みも予定しています。私が当初イメージしていたパートナー活動とは少し異なる、いわば派生型ですが、いろいろな価値観があっていいと思っているんです。​

【紺野】派生することがすごく大事ですよね。この滝沢市でも、パートナー活動をきっかけにして、料理教室を開いてみようとか、お散歩の会を作ろうとか、さまざまな活動が派生しています。そうした動きが社会的孤立の防止につながっていくのではないでしょうか。​

  • スローショッピングを通して認知症サポーターの活躍の場を提供
  • パートナー活動から新たな活動が派生することが重要。

買い物を終えたパートナーの女性「私の母が以前、買い物に行きたいと言うので私が適当に見繕ってくると、人に頼むと助かるけれど自分で買うのが楽しいんだって言われました。今思うと、母は自分で(売り場を)見たかったんだなと反省しています」。​​

※新型コロナウイルス感染症のリスクを考慮し、一定の距離を保ちながら、撮影時のみマスクを外しています。

取材・文・編集:エードライブ コミュニケーション

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