医師 / 繁田 雅弘 さん 医師 / 繁田 雅弘 さん
#1
認知症になっても、ならなくても
自信だけは失わないでほしい

医師 / 繁田 雅弘 さん

2019年5月から、繁田先生の空き家となった生家を
「SHIGETAハウス」と名付け、カフェや認知症の講習会、音楽や農作業を楽しむ催しなどを開いていますね。

一番のポイントは、認知症の人が「診断を受けてこれからどうやって生きていこう」と思った時に、やりたいことを選択したり、これをやろうと気持ちを固めたりするのをサポートしてくれる場がないんですよ。医師や看護師は「何かやりたいことがありますか」と尋ねます。福祉の専門職は「何かおやりになりたいことがあればサポートしますよ」と言ってくれます。でも「そんなこと聞かれてもわからない」という人が多いのです。その時に相談に乗り、「こんなことどうだ」「俺それあんまり好きじゃないし」とか、「昔こんな趣味があっただろう」「いまは興味ねえなあ」とか話し合いながら、「あ、だったらこれやろうかな」と本人の中で意欲が醸成するのを手伝ってくれる場がない。SHIGETAハウスで一番やりたいことはそれですね。

幸いSHIGETAハウスのスタッフには、優秀な医師、看護師、作業療法士、精神保健福祉士、ケアマネジャーなどの専門職が集まってくれました。みなさん、認知症の症状を一度脇に置いて“人間”を見ることができます。環境もいいですね。普通の民家で、お茶室や小部屋もあり、「ちょっと話をしようや」という感じで気さくに相談に乗れています。
行くところがないからいる居場所ではなく、ここでやりたいこと、行きたいところを見つけ、卒業してもらうのが理想です。SHIGETAハウスを始めて、僕はこれから自分が本当にやりたいことを見つけました。認知症の人だけでなく、私やスタッフにとっても発見の場なんです。

2019年5月から、繁田先生の空き家となった生家を「SHIGETAハウス」と名付け、カフェや認知症の講習会、音楽や農作業を楽しむ催しなどを開いていますね。
認知症に対する先生のそうした想い、モチベーションは
どこから来ているのでしょう。

老年精神医学を専門に選ぶ際にこんなことを言われました。子どもにはこれから長い時間を生きる未来がある。だからその未来を左右する医療の意義はとても大きい。それに対して高齢者は、と。でもやりがいは、ありますねえ。だって相手にするのが60年70年80年と生きて経験を積んだ強者(つわもの)たちです。薄っぺらな対応では太刀打ちできません。
高齢者の病気、特に認知症は、病気の症状とその人の人生が複雑に混ざり合っています。だから、いまこの症状だから1週間後はこうなるとわかるわけではありません。わかるわけではないけれど、経験を重ねることで、わからない複雑さを受け入れ、複雑さと付き合えるようになります。白か黒か、治せるか治せないかを超越して病気と向き合えるようになります。この10年ほどですかね、そうした想いが強くなっているんです。

認知症の人と自分を重ね合わせることはありますか。

いや、いやまだ違うかなあ。……だからやっぱりそれが偏見になってしまうのでしょうね。長谷川先生(長谷川和夫先生。認知症研究の第一人者。2017年に認知症であることを公表)はご自分も病気を患われた後で僕に、「デイケアがつまらないことがわかった、行く気がなくなった」と話されていました。別にそれはデイケアを否定する意味では全くなくて、何が合うかは人それぞれ違うということですよ。僕はまだ、本人のそうした想いを本当には実感できていないかな。認知症にならない限りダメなのかもしれない。なってみないとわからないことがあるんだと思う。だからわかろうとし続けないといけないのでしょうね。

あなたにとって認知症とは何ですか?(医師 / 繁田 雅弘 さん)
――― あなたにとって
認知症とは何ですか?
それがわかったら認知症(に関わるの)はやめますよ。認知症という病気そのものがまだ十分にわかっていないということもありますが、僕にとっての認知症がまだわからない。納得できていないわけだから。満足できていないわけだから。だからやっているわけですよ。
ページトップに戻る