保健師・看護師 / 吉田 周子 さん 保健師・看護師 / 吉田 周子 さん
#3
心は見えないのに、
どうすれば共感できるのだろう。

保健師・看護師 /
吉田 周子 さん

認知症になると何もわからなくなるという偏見があるといわれますが、それについてはどう思いますか。

もう2年前に亡くなりましたが、義理の母が認知症でした。その母に何を食べたいか聞くと、言わない時もあったけれど、「これとこれ」と話してくれる時もあったし、夫には言わないけれど私には言ってくれる時もあったんです。そういう母を見ているので、「何もわからなくなっちゃう」とはもちろん思っていませんでした。思っていませんでしたが、当時はそこに焦点が当たっていなかったので、真剣に考える機会はなかったのかもしれないですね。「いや、何もわかっていないわけじゃないんだ」という意識が足りなかったと思います。
それもここに来てからですね。繁田先生から「本人の想いを聞く」「本人に尋ねてみないとわからない」といったお話を聞いて、「あ、そうだよね、わかっていないわけじゃないんだから」とあらためて気付きました。いま振り返るとあの当時、母のことをもっと理解したいとか、きちんと関わりたいとか、そういう主体的な気持ちが足りなかったなと、母に申し訳なく思います。
もう反省ばっかりですね。迷ったり反省したりしながらやっとここまで生きてきたという感じです。

認知症になると何もわからなくなるという偏見があるといわれますが、それについてはどう思いますか。

(Photo by Soichi Kosuga)

世の中の人の多くは、
認知症についてどのように思っているのでしょう。

どうなんでしょう。たぶん、「自分が認知症になったら周りに迷惑かけちゃう」とか思ってしまうのじゃないでしょうか。繁田先生も以前お話しされていたと思いますが、私たちって、「人に迷惑をかけちゃいけない」って言われて育ってきたじゃないですか。私も子どもに「人の迷惑にならないように」とずっと言い聞かせてきました。そういう教えが骨身にしみているところに、「認知症になったら人に迷惑をかけちゃう」という考えが入ってくると、「認知症になっちゃいけない」「認知症になるのは悪いこと」みたいになってしまいますよね。そう思う人と、「いや、そんなことはない」という人が果たして共生・共存できるのか……。
認知症に限らず、病気になって人の手を借りることを迷惑と考えない社会──たとえば病気を一つの個性と捉えるような社会にしていくにはどうすればいいのでしょうね。

そういうことを考え続け、迷い続け、人と人との関わりの場に触れることで何かが見つかるんじゃないかとSHIGETAハウスに来たという……

そうなんです。私の職場にもいろいろな方が来てくださっています。認知症の方もいらっしゃいます。だから関わりはあるのですが、やっぱり歯科のことだけにとどまってしまいますよね。たとえば私が保健師をしていたからといって、何かできるかというと、歯科医院ではできないですから。だから、考えてばかりで何もできていないなとは思っていました。

そう、ここで学んでいることもあって最近ちょっと思うのは、迷惑をかけちゃいけないじゃなくて、その人ができないことは私がやればいい。私ができないことは誰かに手伝ってもらう。それが助け合いなのかなあって。地域やこの社会全体で、みんながそういう気持ちで関わり合っていければ、「認知症になっちゃいけない」とは思わないだろうし、人としてもっと豊かな人生が送れるだろうし、共に生きるということに近づいていけるのかなと思っています。

あなたにとって認知症とは何ですか?(保健師・看護師 / 吉田 周子 さん) あなたにとって認知症とは何ですか?(保健師・看護師 / 吉田 周子 さん)
──あなたにとって認知症とは何ですか?

人と人の関わり、対話の大切さを気づかせてくれたもの。私にとってそうであったので。流れにまかせて生きてきたので、いまの活動で何を目標にとかはもやもやとして見えていないのですが、まずはいま関わりのあるところで楽しくみんなが過ごせればいいなと思っています。

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