記憶のメカニズムと記憶障害

更新日:2022/12/6

記事監修

東京都健康長寿医療センター 内科総括部長/脳神経内科部長
岩田 淳 先生

わたしたちは普段、目、耳、鼻、皮膚といった感覚器からさまざまな情報を取り込み、取り込んだ情報を必要に応じて思い出しながら生活しています。情報が取り込まれ、脳のなかで保持され、意識や行為のなかに再生される、この一連の機能を記憶といいます。​
記憶は、私たちが日々の生活を送るうえで欠かせない重要な機能です。ここでは、記憶のメカニズムや記憶障害、障害の原因、治療について解説します。​

記憶のメカニズム

わたしたちがものごとを記憶するとき、脳はどのように働いているのでしょうか。記憶のメカニズムと脳の働きを学んでいきましょう。​

記憶の3つのステップ

記憶には、記銘→保持→想起の3つのステップがあります。記銘とは「新しい情報を覚え込むこと」で、保持とは「覚えた情報を保ち続けること」、想起とは「保持していた情報を思い出すこと」です1

新しい情報は海馬で記銘される2

感覚器から取り込まれた新しい情報は、脳のなかの海馬という部位に記銘されます。海馬は、記憶の中枢を担っており、新しい情報は海馬によって脳に取り込まれます。
海馬では、情報の取り込みと同時に情報の選択も行われます。感覚器から取り込まれる膨大な量の情報から必要な情報だけが大脳皮質に移動し保存されます。​
アルツハイマー病では、この海馬が障害されるために新しい情報を記銘することができなくなります。しかし、発症する前に大脳皮質に保存されていた情報はそのまま残っているため、病状が進んでいない段階では昔のことをよく覚えています。​
一方、加齢による記憶障害は、主に想起の機能低下により起こると言われています。

脳の各部位のはたらき

  • 大脳​
    脳のおよそ80%を占めています。感覚や運動、そして記憶、言語、計算といった認知機能などをつかさどります。
  • 大脳皮質​
    脳の表面部分は大脳皮質と呼ばれています。ヒトの脳の中で大脳皮質は著しく発達した部位で、感情、感覚、記憶、思考などの重要な機能を担っていると考えられています。​
  • 間脳(視床や視床下部など)​
    おもに食欲や睡眠などの本能的ないとなみや、内分泌、自律神経などの生理機能にかかわります。​
  • 脳幹(中脳・橋・延髄)​
    おもに循環(心臓の拍動)や呼吸など、いのちを保つためにはたらきをコントロールしています。​
  • 小脳​
    おもにからだの働きやバランスをコントロールしています。
  • 海馬​
    短い時間の記憶に重要な役割を持つ部位とされています。​

行動の一つひとつに記憶が関係している​

わたしたちの普段の行動一つひとつに記憶は関係しています。たとえば、「牛乳を飲む」という行動には、「牛乳は白い液体である」「牛乳パックは冷蔵庫の〇〇に入っている」「牛乳はコップに入れて飲む」「牛乳は通常こういう味である(いつもと違う味だと腐っている!)」といった情報が関係しています。何となく飲んでいるようにみえるかもしれませんが、実はこれらの情報を瞬時に引き出しているのです。​

自転車の乗り方を忘れないのはなぜか

自転車の乗り方のような記憶を、「手続き記憶」といいます。手続き記憶とは、記憶を内容で分類した場合の非陳述記憶の一つで、繰り返し体で覚えた技術の記憶です。ピアノの弾き方、泳ぎ方、キーボードが打てるなども手続き記憶です。​
手続き記憶は、いったん覚えてしまうと意識しなくても自動的に再生することができます。自転車に一度乗れるようになれば、その後何年か乗らない期間があったとしても、いつでもすぐに乗ることができます。手続き記憶には長期間保存されるという特性もあります。

記憶障害とは​

記憶障害は、記憶の3つのステップ(記銘→保持→想起)のいずれかの段階で、関連する神経細胞が正常に機能しなくなるために起こります。記憶障害が起こると、新しいことを覚えられなくなったり過去に体験した出来事の記憶が抜け落ちたりします。通常であれば覚えているはずの情報を忘れている場合には、記憶障害が疑われます。

記憶障害の原因​

記憶障害は、以下にあげるようなさまざまな原因で現れます。​

①加齢​

年を重ねるにしたがって体と同様に脳も老化していきます。個人差はありますが、脳の神経細胞機能の衰えや脳血流の低下は記憶力の低下を引き起こします。しかし、加齢によるもの忘れは、進行しないか、進行したとしてもそのスピードは緩やかです。​
次のような場合は、認知症ではなく加齢によるのもの忘れに分類されます。​

  • 「忘れた」という自覚がある​​
  • 日時の見当識が保たれている​
  • 日常生活への支障が少ない

②認知症の原因疾患(アルツハイマー病、レビー小体病など)​

認知症の原因疾患で一番多いアルツハイマー病では、病気が進むにつれて脳が少しずつ萎縮しさまざまな症状があらわれますが、代表的な症状が記憶障害です。比較的最近のことが思い出せない、体験したことをまるごと忘れてしまう、といった特徴があります。​
レビー小体病もアルツハイマー病と同様に脳神経細胞の変性により、記憶障害が見られます。​

③うつ病3

うつ病やうつ状態では、動作がゆっくりとなったり考えに集中できなくなったりします。そのため、記憶力や判断力の低下をきたし、認知症と間違われることもあります。通常は認知症のように障害が長く続くことはありません。抗うつ薬に反応する点も認知症とは異なります。​

④脳血管障害、脳外傷、低酸素脳症などによる高次脳機能障害4

高次脳機能障害は、脳血管障害や脳外傷、低酸素脳症による脳の損傷が原因で起こる認知機能の障害です。記憶障害のほかに、失語・失行・失認などの障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害なども見られます。​

⑤強いストレスなどによる心的外傷後ストレス障害5

心的外傷後ストレス障害(Post Traumatic Stress Disorder:PTSD)は、命が脅かされるほどの出来事や重症のケガなどによって起こる「日常生活に支障をきたすほどの強く不快な反応」のことです。数分から数十年にもおよぶ記憶の空白期間が生じる場合があります。

⑥慢性硬膜下血腫、正常圧水頭症、甲状腺機能低下、ビタミン欠乏症など6

これらの病気の影響で記憶障害が起こることがあります。原因となる病気を治療することで記憶障害が改善する場合があります。​

記憶障害の治療について7

記憶障害の原因に応じた適切な治療を行っていく必要があります。なんらかの病気が原因である場合は、病気の治療が優先されます。​
高齢者の記憶障害の原因の多くは認知症と言われています。認知症の代表的な原因疾患であるアルツハイマー病では、認知症の症状の進行を遅らせることを目的に薬物治療が行われる場合もあります。​​
また、非薬物療法(回想法・音楽療法など)を同時に行うことにより、脳機能を刺激し、症状の改善をはかります。

まとめ​

記憶障害(もの忘れ)には、正常の範囲のものと病気が疑われるものとがあります。「おかしいな」と思ったときに早期に対処することが、記憶障害をきたす病気の発見につながったりその後の認知症の発症を防ぐことにつながったりします。​
原因を把握することが、その後の治療への道筋をつけ、本人そしてご家族の不安の解消につながります。認知症に関する新しい情報は日々蓄積され、治療も進歩しています。ぜひ専門の医療機関にアクセスしてください。​

(参考文献)
1,認知症学会編 認知症テキストブック,中外医学社,P.64-65,2008
2,池谷裕二:ヘルシスト216,P.2-7,2012.
https://www.yakult.co.jp/healthist/216/img/pdf/p02_07.pdf (最終閲覧日:2022年10月21日)
3,日本神経学会:認知症疾患診療ガイドライン2017,医学書院,P.8,2017
4,高次脳機能障害・情報センター ホームページ
http://www.rehab.go.jp/brain_fukyu/rikai/ (最終閲覧日:2022年10月21日)
5,MSDマニュアル家庭版「解離性健忘」
https://www.msdmanuals.com/ja-jp/%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0/10-%E5%BF%83%E3%81%AE%E5%81%A5%E5%BA%B7%E5%95%8F%E9%A1%8C/%E8%A7%A3%E9%9B%A2%E7%97%87/%E8%A7%A3%E9%9B%A2%E6%80%A7%E5%81%A5%E5%BF%98 (最終閲覧日:2022年10月21日)
6,日本神経学会:認知症疾患診療ガイドライン2017, 医学書院,P.6,2017
7,厚生労働省 知ることからはじめよう みんなのメンタルヘルス
https://www.mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_recog.html (最終閲覧日:2022年10月21日)

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