早期診断の意義

更新日:2022/01/13

取材日:2019/07/18 ANAクラウンプラザホテル大阪

記事監修

大阪大学大学院 医学系研究科 精神医学教室 教授
池田 学 先生

認知症の専門医は、世の中の認知症のイメージに対して何を思っているのでしょう。早期の診断が早期の絶望とならないように、本人や家族に何を伝えているのでしょう。専門医の話を聞くことで、あまり知られていない認知症の実像が見えてきます。
早期に受診し、診断を受けることで、治療に加えてどのようなアドバイスや心理的なサポートが得られるのかがわかります。

認知症の実像と世の中のイメージにはギャップがあります。

池田 学 先生

大阪大学大学院 医学系研究科
精神医学教室 教授

池田先生は、認知症医療や脳と心の研究などに取り組んできました。熊本大学時代に「熊本モデル」と呼ばれる先進的な認知症医療ネットワークを構築するなど、地域活動にも従事しています。

(取材:2019年7月18日 ANAクラウンプラザホテル大阪)

─どのような人が認知症の専門外来を受診されているのでしょうか?

20年以上前は、認知症がかなり進んでから、家族が困って連れてこられるケースがほとんどでした。でも、1999年にアルツハイマー型認知症の治療薬が日本で発売され、2000年に介護保険制度が始まったころからは、比較的早期に受診されるケースが増えました。この5年、10年は、認知症ではないMCI(軽度認知障害)レベルの方もふつうに受診されます。一人で来られる方も多いですし、大学病院の複雑な受診手続きを、すべて自分ですまされる方も少なくありません。20年前には考えられなかったことですよ。

─その一方で、一般的には、認知症の人イコール重度の人、徘徊する人といったイメージが強いようですが。

新聞やテレビのニュースで認知症が取り上げられるのは、徘徊して行方不明になったり、車を運転して事故が起きたりしたときが多いですからね。医学部の学生ですら、認知症イコール重度という感覚です。実習で軽度の認知症の方々を診察したあとに感想を聞くと、たいていの学生は、「認知症の患者さんとは思えません。ふつうのおじいちゃん、おばあちゃんでした」と驚きを述べます。「そういう感覚を持ってほしいんだ」と私はいつも話しています。

─認知症に対する思い込みや偏見をなくすためには何が必要なのでしょう。

一番大切なのは、認知症のことを正しく知ることです。たとえば、「認知症になっても、最初のうちはできることのほうが多い」というのもそのひとつ。アルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症などの神経変性疾患は、世間一般のみなさんが思っているほど早くは進行しません。特に高齢者の場合は、早めに医療や介護の態勢を整えれば、1年後に目に見えて進んでいるような人はごくわずかです。

─今は認知症の根本治療薬はありませんが、早く受診したほうが良いのでしょうか。

そうですね。私が認知症の診療を始めたころに比べると、今のほうが明らかに穏やかな経過の方が多くなっています。アルツハイマー型認知症の治験に参加し、プラセボ(偽薬)を服用した人のデータをあらためて年代別に解析したところ、スピードが遅くなっていたという報告もあります1。これは、認知症の人に対するケアや、合併症の管理などのレベルが、年々上がっているためだと思われます。

また、認知症の原因となる疾患はアルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症、脳血管性認知症などさまざまです。うつ病など認知症以外の病気によって、認知症に似た状態が引き起こされることもあります。疾患によって治療や介護の方法が変わってくる中で、まず原因を正確に知り、その後の道筋を正しくつけることが早期受診・診断の目的であり意義といえます。

生命にかかわるリスクは徹底管理。でもそれ以外は今までと同じ生活。

─アルツハイマー型認知症と診断した時には、どのような話をするのでしょう。

「火の元と、薬の管理と、夏だったら熱中症対策、そして場合によっては自動車運転の中止、これだけは徹底しないといけませんよ。ご家族と一緒にしっかり対策を考えてみてください。ただ逆にいうと、もの忘れがあっても命にかかわるのはこれぐらいです。あとは今までの生活を変える必要はありませんよ」ということは必ず説明しています。

─世間では認知症の予防法がいろいろと話題になっています。

かかりつけ医の先生と一緒に糖尿病や高血圧をきちんと管理し、脳卒中を予防しましょう、というのが最もオーソドックスな方法ではないでしょうか。血管性認知症をある程度予防できますし、脳血管障害の合併を防ぐことにより、アルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症の進行が早まることも防げます。ただそれ以外の方法に関しては、ほとんどエビデンス(根拠)がないので、認知症を予防できるかのように強調するのは危険です。認知症になった人が負い目を感じてしまいかねないし、「家族が認知症になったのは、私のお世話の仕方が悪かったからだ」と自分を責める真面目な介護者はたくさんいます。

バランスの良い食事、適度な運動、社会的な活動など、健康全般に良いとされる習慣は取り入れるといいでしょう。脳トレは、好きならおやりになるといい。でも、嫌々やってストレスをためるぐらいなら、友だちとカラオケで歌うなり、庭づくりをするなり、自分の好きなことに時間を使ったほうがよっぽど充実した生活を送れます。

認知症の人が当たり前に隣にいる。仲間としている。

─「認知症の人と共生する社会」という言葉が使われます。具体的にはどのような社会なのでしょう。

コミュニティや家族のなかに認知症の方がいて当たり前ということではないでしょうか。認知症のために困る事こともあるでしょうが、仲間と一緒にいるのが当たり前。周囲の人も特別に構えるわけでもなく、ふつうに一緒にいる。隣にいて当たり前ということが「共生」なのだと思います。

早く受診していただいた方々へ。一番大切なのは“寄り添う”こと。

─早期に受診した、あるいは受診しようと考えている方々に対して、医師はどのようなスタンスで向き合うべきなのでしょう。

この10年で、認知症ではないけれど、認知症に進むかもしれないと思われる方も数多く受診されるようになりました。そうした段階の方々は薬物治療の対象ではありませんが、だからといって「様子をみましょう」だけで終らせることはできません。せっかく早く受診してくださったのですから、認知症の発症を抑えるような生活面のアドバイスをします。この段階でも医師がすべきことは多くあります。たとえば自動車運転に関して、「すぐにやめる必要はありませんが、もしかすると数年後にはやめざるを得なくなるかもしれないので、今からゆっくり準備をしていきましょう」といった話をすることは非常に大事です。また、最新の治療法や診断技術の開発状況を知りたいと思われている当事者や家族も多いので、専門医はきちんと情報を伝えることが求められます。

将来的に認知症になるリスクについて詳しく説明を受ければ、誰でも不安になると思います。ですから心理的なサポートも含め、診断後のフォローも必要になります。一番大切なのは“寄り添う” ということ。私たち医師は寄り添いながら、以前と比べて何か変化はないか絶えず確認しなければなりません。それは専門医でもかかりつけ医でも同じです。

高齢のアルツハイマー病の場合は、それだけで急速に病気が進行することはまずありません。多くは身体の病気で入院したときなどに急激に認知機能の低下が進みます。ですから、患者さんの立場からすれば、信頼できるかかりつけ医をもち、何か新しい身体の病気が生じていないかつねにチェックしてもらうことがとても重要といえます。

(参考文献)1,Jones RW et al .: Alzheimer Dis Assoc Disord. 2009; 23(4): 357-364

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