認知症とともに暮らす

認知症の勉強をしていたから受け入れられた。

春原 治子さん 神林 芳久さん

2018年にアルツハイマー型認知症と診断された春原治子さん。
一人暮らしですが、地域の仲間たちに囲まれ、住民主体で運営するカフェ『ふれあいサロンhinata bocco とよさと』で接客係のボランティアをしたり、多彩な趣味を楽しんだりと、活動的な日々を送っています。

2019年7月3日取材 ふれあいサロンhinata bocco とよさと(長野県上田市)

お話を伺った方

春原 治子 さん

長野県上田市在住、75歳(取材時)。
『「安心」の地域づくりセミナー』同窓会の前会長。現在、豊殿地域(上田市)オレンジサロン『hinata bocco(ひなたぼっこ)の会』代表として、地域で認知症の理解を進める活動を行っています。

神林 芳久 さん

『ふれあいサロンhinatabocco とよさと』を運営する『豊殿ふれあいサロン委員会』委員長。

認知症をオープンに

春原さん

私は認知症の診断を受ける前から、以前の自分とは違うことに気づいていました。カレンダーに書いた予定を見ても、ほかのことをするとすぐに忘れてしまうんです。だからまたカレンダーを見て、「ああそうか、今日はここに行かなきゃいけないんだ」って確認し、それを3回ぐらい繰り返さないと覚えられません。おかしいと思い、病院とクリニックを4カ所受診しましたが、どこでも同じように「認知症の初期」と言われました。それで「ああ、そうなんだ」と納得できたんです。

神林さん

自分が認知症だと素直に受け入れられたっていうのはすごいよな。ふつうは怖いと思うよ。

春原さん

それは勉強していたからだと思いますよ。この地域では毎年、『「安心」の地域づくりセミナー』※を開いていて、その中で認知症の勉強もしてきました。認知症になっても地域で自分らしく暮らしていけるようにって。だから認知症のことも知っていて、自分がそうなってきているかもしれないとわかっていたので、認知症と言われて驚いたり、「嫌だ」と否定したりということは全くなかったんです。

神林さん

『「安心」の地域づくりセミナー』は20年近い歴史があって(2001年開始)、卒業生が600人ぐらいいるんだよね。認知症の予備知識を持っている人がそれだけ多く地域にいるということも大きいのかもしれない。

春原さん

私はセミナーの同窓会やここ(ふれあいサロンhinata boccoとよさと)で認知症のことをオープンにしていますが、もし周りの人が認知症について全く知らなかったら、「私は認知症だよ」と言っても……

神林さん

言えないよ。言えない。

春原さん

言えないだろうし、言ったとしても、「あの人、様子が変なんじゃない」ぐらいにしか理解してもらえないと思います。勉強してきたみなさんだからこそ、安心して話すことができたし、すんなり受け入れてもらえました。この『hinatabocco』では、「いつでも治子さんが来られる時に来ればいいよ」と言ってもらっているし、私がスローモーションになっていることもわかってもらえているので、本当にありがたいです。

神林さん

ここで働いているボランティアのみなさんも、治子さんと一緒に活動させてもらうことで、「認知症は全然怖くない」と思えるわけだよ。

春原さん

お客さんにも知っている人がたくさんいて、その方々とおしゃべりするのが私の仕事だよね、なんて自分で言ってます(笑)。

神林さん

大事、大事。お客さんも喜んでるんだから。

認知症の人と家族の相談役に

春原さん

ここの2階で月2回、認知症の本人や家族を対象にした相談会を開いていて、私もスタッフとして参加しています。先日は、認知症の旦那さんと奥さんがみえて、旦那さんが大事な持ち物をなくすと困るから、奥さんが全部取り上げてしまっていると言うんです。私は、「お父さんはそれを持っていることがとても楽しいし、必要なんだと思います。使える、使えないは別として、そういうものを取り上げてしまうのは本人にとってとても切ないことだから、やめたほうがいいんじゃないでしょうか」とお話させていただきました。すると奥さんも納得されて、旦那さんが好きな物を持たせるようになったそうです。それからは旦那さんがとても元気になり、ここにボランティアで来てコーヒーを出してくださったりしているんですよ。

神林さん

奥さんの方は厨房を手伝ってくれましてね。その旦那さんは認知症と診断されたことがとてもショックで、家にこもり、ほとんど話をしなくなっていたそうです。すっかり変わってしまった旦那さんのことを奥さんがすごく心配して相談に来られたんです。その後、旦那さんがここでお客さん対応を3、4回経験すると、家の中で話はするし、外にも出るようになったそうで、奥さんがとても喜んでいました。認知症になっても自分の生活ができるし、『hinata bocco』に行けばまた仲間がいる。そういう地域にしていきたいなあ、というのがわれわれの願いです。

地域に伴走者がいれば安心

神林さん

治子さんは学校の先生を定年退職後、小学校の授業支援のボランティアをしたり、放課後児童広場を立ち上げたり、地域との関わりをたくさん持っているんですよ。だから今も家にはほとんどいない。

春原さん

だって家にいてもつまらないから。大正琴やハーモニカ、カラオケ教室など趣味がいっぱいあるし、旅行も好きなんです。

神林さん

以前と全然変わらない生活ができるっていうのはすごいよ。

春原さん

今のところはねえ。ただ、介護予防体操のサポーターを5年ほど前から月1回務めていて、手話ダンスなどを教えているのですが、最近それが重荷になってきています。自分がなかなか覚えられず、間違えたらどうしようというプレッシャーがあるんです。だからもうじきやめようと思って。

神林さん

最近は「朝早く出かけるのが嫌だなあ」と言ったりするよな。

春原さん

私は一人暮らしだから、気が進まない時に「今は嫌だ」と話す家族がいません。でもそんな時に神林さんたちが電話でよく話を聞いてくれるんですよ。「行かなくたっていいよ」と言われると逆に「やっぱり行かなきゃ」と元気が出たりして。

神林さん

伴走者が大事。電話で具合いが悪そうだったら、ちょっと覗いてみるとかね。地域に伴走者の環境ができれば認知症になったって安心だよ。

地域住民が気軽に集える『hinata bocco』は、ランチが完売する日も多いという盛況ぶり。取材当日も春原さんのお友達が来店し、おしゃべりタイムになりました。

ふれあいサロン
hinata bocco(ひなたぼっこ) とよさと

誰もが安心して暮らし続けられる地域づくりの拠点として2018年7月にオープン。春原さんたちボランティアが中心になって運営しています。

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