知的障がい者・身体障がい者支援施設長の声

これからの障がい者福祉のあり方について
~課題や障壁にばかり焦点を当てるのではなく「支援」から考える~

本記事は、社会福祉についてお考えいただく一つのきっかけになればとの思いから、広く障がい者福祉に関する内容となっています。

これからの社会福祉では、「障がい」という何か課題や障壁のようなものでなく、人と人とが支え合う「支援」といった広い視点が重要です──通所施設「は~と・ピア2」の施設長である松下功一さん(社会福祉法人 文京槐〔えんじゅ〕の会、社会福祉士)はそのように話します。では、障がい者福祉の世界ではどのような思いで支援が行われ、どのような課題に直面しているのでしょうか。

取材:2023年2月27日 は~と・ピア2(東京都文京区)

利用者さんとの長いお付き合いの中で

は~と・ピア2はどのような施設でしょうか。

知的障がいや身体障がいのある方のための通所施設です。主に生活介護を提供しながら、利用者さんには、様々な企業・団体から受託した内職作業(石鹸の袋詰めなど)や公園の清掃、自主制作・販売(アクセサリーなど)のほか、レクリエーションにもご参加いただいています。

利用者さんの中には、軽度の方もいますが、どちらかといえば重い知的障がいのある方が多く、年齢層は、養護学校の高等部を卒業されて間もない18歳の方から77歳の方まで幅広いです。

若い方にとっては、当所に通いながら、これから長い時間をかけて人生の“ピーク”を迎えることになります。利用者さん一人ひとりの人生にとって何が“ピーク”なのか、それをいつどのように迎えていただけるかという視点を大切にしています。

とても長いお付き合いになるのですね。

写真:笑顔で回答する松下 功一さん

歴史の長い施設では50年のお付き合いということも珍しくありません。長い人生の中で、毎日行くところが決まっているのは安心感につながると思います。

ただ、その中で、小さいながらも常に変化があり“飽きない”ことが大切です。私は「常に面白い試合をしながら引き分けるイメージ」と職員に話していますが(笑)、利用者さんとの細かな日常のやり取りが、少しでもそのような変化につながればと思います。

また、ご家族の高齢化などで介護が難しくなる場合があり得ます。そのときでも、入所施設などと連携して、ご本人やご家族の将来の不安を少しでも解消できれば良いなと感じます。

信頼関係や意思を受け止める側の姿勢が大切

職員の方が一番留意していることは何でしょうか。

やはり利用者さんの尊厳を守ることです。常にそこを意識しないと、支援する側とされる側の立場がはっきりと分かれてしまい、支援する側の意向にそぐわない人はだめだという考えに流れてしまいます。

豆まきなどのイベントは盛り上がります

そのためには、ご本人の思いを尊重することが大切ですが、信頼関係がなければ思いを伝えてもらえません。障がいのある方は、自己肯定感を得ることが少ないといった生い立ちを抱えている場合もあります。コミュニケーションにおける信頼関係はとても重要です。

ただ、人と人との関わりなので、どうしても相性というものはあると思います。ほかの職員が声を掛けても一向に聞き入れてくれない利用者さんでも、別の職員ならすぐに聞いていただける。特別な何かがあるわけではなく、もはや相性としか言いようがないと思います。

ご本人の尊厳を守るには、どのようにすればよいのでしょうか。

公園の清掃活動なども行っています

支援のあり方の一つに、意思決定を支えるというものがあります。好きなものを選んでいただくなど、ご自身の意思を表現してもらい、職員みんなでそれを受け止め、ご本人の自己肯定感を高めていただく。その積み重ねが、自己の尊重、そして尊厳を守ることにつながるのではないかと思います。

ただ、意思決定ばかりに目が行くと、ご本人に対する“訓練”になりかねません。重要なのは、むしろ意思を受け止める側の姿勢だと思います。決定された意思は既にあるのだけれど、伝え方が少し独特なので、ラジオのチューニングのようにこちら(受け手)がうまく受信できない。だから、それに合わせるべきなのは自分たちの方だと思っています。

思いがわからなくても、わかろうとすることが大切

ご本人の思いを知るというのは難しいこともあるのではないでしょうか。

通所施設「は~と・ピア 2」の外観。入口奥には、施設看板と並んで、「お弁当」と書かれた赤いのぼりが立てられている。

言葉などでのコミュニケーションがとりづらい場合でも、その時々の表情の違いなどから、ご本人の思いを察する努力が大切です。

ただ、本当は何を言いたいのかわからないという場面はやはりあります。「こんな接し方で良いわけがない」と思いつつ、私たちがご本人の言葉に相槌を打ちながら接していると、ある日、突然泣き出してしまう。そのような姿を見ると、自分たちはなんて無力なのだろうと切なくなります。

ですが、「どうせわからない」などと思ってしまうと、支援の出発点にすら立てません。当所では、利用者さんに接する中で何か気づいた点があれば、「ニヤリ・ホット」と呼んで職員同士で積極的に共有しています。失敗談としての「ヒヤリ・ハット」ではなく、工夫や気づきを通し、より楽しんで接していきたいという思いを込めています。

少しずつ変わってきた世の中の空気

松下さんが槐の会に入られた30年ほど前の時代から、社会の変化は感じますか。

あくまで私の経験ですが、30年前ですと障がいのある方が自由に行動することは難しい時代だったように思います。ノーマライゼーションという言葉自体は昔からあったものの、現実とは程遠いものだったのではないでしょうか。

自主制作品を作製する様子

しかし最近では、障がいのある方の支援や就労の重要性がより理解され、住み慣れた地域で暮らし、働ける方が増えたように思います。学校教育でも子どもを障がいの有無で区別しないなど、保護者の方を含め、障がいのある方への意識も変わってきたのではないでしょうか。

当所も開設から8年が経ちましたが、地域のご縁のおかげで、当所や利用者さんの活動も少しずつ広がってきました。たとえば、当所は弁当屋「えんむすび」を併設していますが、弁当屋を営むというアイディアや料理人の募集、商店街での弁当販売なども、地域とのつながりに支えられています。近所のサラリーマンの方がよく弁当を買って行かれる姿を見ると、当所が地域の空気を変えていく一助になっていれば良いなと思いますね。

まだまだ障がいのある方が暮らしやすくなったとはとても言い切れませんが、選択の幅が広がり、社会全体として良い方向に進んでいるように感じています。

最後に今後の展望などをお聞かせください。

世間では障がいの程度にかかわらず、一様に“障がい者”と見られて自由な意思決定が制約され、時として意思そのものが無いと思われてしまっているケースがまだまだ多いように感じます。

区内の施設共同の作品販売会に参加することもあります

重度の知的障がいのある方の意思決定支援ももちろん大切ですが、ご自身で意思を決定できる方がその思いを表現する機会を少しでも増やすことも、これからの支援には求められているように思います。その意味では、「障がい」という何か課題や障壁のようなものにばかり焦点を当てるのでなく、人と人とが支え合う「支援」といった広い視点から考えていくべきではないでしょうか。

これまで、私たちは障がいのある方の存在を何とか認知してもらいたいという思いで活動してきました。今後はもっと全体的な支援体制(区内の各施設間のネットワークづくりなど)をサポートしていけたらと思っています。

障がい者福祉に関する課題
──長い人生をより豊かなものにするために

障がい者福祉を取りまく課題について、松下さんにお聞きしました。

成年後見制度

後見を開始すべきか、後見をいつ誰に依頼すべきかというのは非常に難しい選択です。ご本人が金銭の使途などを判断できる場合に後見が開始されると、ご本人の尊厳を損なうおそれがあります。早い年齢から後見を開始すると、それだけ後見人への報酬の支払が長くなる点にも留意が必要かもしれません。ご本人の判断能力、生活環境やご家族との信頼関係など、様々な点で悩まれている方が多いように思われます。

また、後見が開始された後に、後見人が孤立してしまうおそれもあります。そうならないよう、福祉施設の立場としても、ご本人・ご家族と後見人との関係をうまく見守りながら“チームでの支援”を心がけることが大切です。

障がい者支援制度

障がい支援区分(1から6の区分で、6が最重度)は、ご本人がどれだけ支援を必要とするかという視点で認定されます。しかし、支援の必要性は、障がいの程度や特性などにより本当に様々なので、必ずしもマニュアル通りに判断できない難しさがあります。

画一的な認定がなされてしまうと、ご自身の人生であるはずなのに、「支援される人」(認定を行う行政側が主体)という立ち位置に追いやられてしまうかのようです。特に若くして障がいのある方たちが人生の主体として自分らしく生きていくことを支援する制度であってほしいと感じます。

障がい者支援施設の運営

施設に対して支払われる障がい福祉サービス報酬については、細かな算定方法が定められています。しかし、サービスの質が報酬金額に直結するわけではないため、質の維持・向上と経営の安定をいかに両立させるかというのは、非常に悩ましい課題です。

また、特に都心では、入所・通所施設がまだまだ少ないと感じます。都内には、高い地価などが理由で増やすことが難しい区もあるようですが、行政も交えて丁寧に検討・議論を重ねることが大切です。

人材の確保・育成

中小規模の施設では、人材の確保が難しいという現実があります。また、障がい者福祉では一人ひとりの障がい特性に合わせた支援が必要なため、特にマニュアル化が難しく、人材(施設の経営層も含めて)の育成には課題があります。

コロナ禍の影響

コロナ禍では、当所の利用者さんが楽しみにしてきた行事のほとんどが中止となりました。また、様々な企業・団体からの受託業務(手作業)が激減する一方で、障がいのためにオンラインツールを活用することも難しく、当所・利用者さんの活動が非常に制約されていました。

文京槐〔えんじゅ〕の会

1991年設立。東京都文京区内にある社会福祉法人。当初は通所系事業(現「は~と・ピア」)を主に運営していたが、現在では訪問系事業(「くっしょん」)、グループホーム(「陽だまりの郷」)、相談系事業(「あくせす」)などへ拡充している。その一方で、文京区からの受託事業として短期保護事業(「文京藤の木荘」)なども運営している。法人名の「槐」は「延寿」に通じる縁起の良い銘木とされ、「幸せの樹」とも呼ばれる。

は~と・ピア2

2015年設立。通所系の生活介護事業等を提供する。常時介護を要する個々の利用者のために個別支援計画を作成し、利用者一人ひとりに合わせて健康的で豊かな生活を維持していくための基本となる身体介護や生活介護、コミュニケーション援助・支援等を行っている。

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